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地区CH賞獲得を目標に走り続けてきた北陸の勝負師・横井信治氏は、2008年稚内を制したことでGN特有の充実感と達成感に触れた。それがきっかけとなり、作出から管理方法までスタイルを一新する。それは「対 地区CH賞」から「対 稚内」へ――。東日本大震災の影響で本格始動は1年ほど遅れた上、シーズン中には発情によるトラブルもあった。これらの危機を乗り越え、本懐の稚内GNでは見事総合優勝! 地区CH賞に全日本優秀鳩舎賞(シルバー賞、ブロンズ賞2回)などビッグタイトルをたやすく獲得し続けてきた北陸の勝負師は、次なるステージ――「稚内GN男」に向けての第1歩を踏み出した。
稚内初制覇でスタイルを一新!
稚内で勝つことが全て――。北陸鳩界に属するフライターたちにとってGNでの総合優勝こそが最高の名誉であることは知っていた。がしかし、このフレーズの真意を実感できたのは初めてGNを制した時――表彰されてからだと言う。北陸の勝負師こと横井信治氏はそれまでRg、地区N、桜花賞の3レース――地区CH賞、三賞を意識して戦ってきた。結果、この全国タイトルを7度も獲得し、うちブロンズ賞2回にシルバー賞1回! 北陸鳩界史上最多である3度の全日本優秀鳩舎賞に選出されている。規定3レースに総力をあげるため、長距離の戦力はCHがメイン。また鳩作りにしても1000Kを戦う上で必要な「粘り」でなく「スピード性」重視と、自身のスタイルからして、GNでは本領を発揮できずにいた。
しかし2008年、試験的な意味合いで本来なら900Kに行く俊鳩をあえてGNに投入。その1羽が稚内から海上一直線のスーパーフライトを見せる。当日帰り、しかもダントツの速さで1番時計を打刻し、総合優勝に輝いたのだ。横井氏にとって初となる稚内制覇。そこには三賞を獲った時とはまた違う格別な充実感と達成感があった。
「みんながどうして稚内を狙うかが、わかったような気がしました。実際に勝ってみて、GNはやはり特別なレースなのだと強く実感できたね」。
この時触れた至高の喜びが横井氏のスタイルを変えるきっかけとなる。それはRg、地区N、桜花賞狙いの「対 地区CH賞」から「対 1000K超」の稚内狙いの大改革――。本格的に動いたのは、2009年の作出からだった。今まではスピード一辺倒だった配合パターンに長距離血統、もしくは実績鳩同士の交配をプラス。純然たる長距離バードの開発に着手する。勝負は2010年春――といくところだが横井氏の考えでは「GN=900K経験鳩」。つまり勝負をかけるのは2011年春であった。だが…。
「2011年春は東日本大震災の影響で、GNがありませんでした。そういった意味で今春が勝負の年でしたね」。
2度目の稚内制覇に向け、3月中旬からの分離は据え置きのままだが、管理自体今までのような攻めの調教を控えめにし、鳩主体、ナチュラルなものに変えた。舎外は飛ばしこむのではなくあくまで自由。それでも緒戦の200Kで優勝を含めトップ10のうち9羽入賞。例年並みかそれ以上の好スタートを切る。ところが3月から4月にかけて急激に気温が高まったことで発情がきてしまい、飛びが予想以上にだれてしまう。横井氏はここで処方箋を出した。それは確実に飛び、かつオスメスを会わせる時間もとれ発情を抑えることが出来る手法、つまり訓練だ。といっても猛禽類が多い地区であるがゆえ、遠くから飛ばせばやられる確率が非常に高い。そのため近場――10キロから打った。
時間的には10、20分程度と少ないが、やはり集中して飛ぶということがよかったのかもしれない。Rgは総合5位、地区Nでは総合2、3位とハイレベルな成績を残す。しかし先のRg、地区N共に耐久戦であったため、選手の疲労具合が気になった。そのため休息をじっくりとり、舎外止めは実に10日以上。帰還5日目には水浴びも行った。餌は配合飼料にエネルギー源であるトウモロコシ、そして脂肪分を加え、かつ持ち寄り5日前にはピーナッツを食わせた。ただ舎外については前述の通りのままで、運動が20分程度。そのため、喰いの悪い日は当然あった。その時はあえて1食抜き、喰いが止まらないよう心がけた。また中間訓練は2回――舎外のスタート時と持ち寄り2日前に近場から行う。
そして迎えた稚内GN。900Kを翔破した精鋭30羽を送り込み、翌日までに8羽記録。自鳩舎はトップは翌朝の5時29分、2008年の時同様に1番時計を打刻する。横井氏は帰還シーンこそ仕事で見ていなかったが、帰宅後の朝7時に確認。打刻時間を役員に報告した。
「最初はわからなかったけど、時間が経つにつれて周囲の情報が入ってきて…。その中でも自分が1番早く、また周りからも『総合優勝間違いない』と言われていた。けど…」。
平日ということもあり、伏兵がどこに潜んでいるかわからない。高ぶる期待感と不安を抑えつつ審査の時を待った。そしてその晩、速報という形で成績が各連合会に流れる。ブロック最上位にあったのは横井信治の名前――。しかも後続を180メートル以上突き放す、まさに完勝であった。
「この瞬間のために戦ってきたからね。前回以上にうれしいよ」。
横井氏の夢を叶えたヒロインは、先の地区Nで総合11位の好成績を収め、後にベルギー王立愛鳩家協会(KBDB)会長賞中部地区3位に輝いた俊鳩だ。父鳩はマルク=ローセンスの中距離チャンピオン「クイックベンツ(アルジェントン16位、リモージュN51位)」、そしてシャトロー、サント・メルツの2レースで優勝を収めたフランス産スピードバードを両親に持ちながら、中距離はもちろんのこと、900K、1000Kと幅広く活躍鳩を量産してきた「横井稚内ロマン系」の基礎鳩の1羽だ。対し母鳩は異血――東日本GNで実績を着実に残したトリで作られたヤン・アールデンバードだ。まさに「対 稚内」を意識した配合式で作られており、優勝鳩自身は、眼の構造、やボディのフォルムなどは母鳩の影響を強く受けている。またアイバンドがくっきり表出しており、今後、横井稚内ロマン系の主力ブリーダーとして期待される。
GN特有の充実感を再び味わった横井氏だが、果たして今後の目標は――やはり稚内のようだ。
「鳩レースの醍醐味は稚内GNと実感している分、アタマを狙わないわけにはいかんですよ。あとは地区Nを獲ったことがないので総合優勝したいね」。
鳩歴12年というわずかなキャリアで地区CH賞に全日本優秀鳩舎賞、そして稚内制覇と至難と言われるビッグタイトルをいともたやすく――と思えてしまうほどのスピードで手に入れてきた。その革命的な強さを支えるのは、今回のように夢を実現するためなら長年愛用してきたスタイルすら変える柔軟な発想と行動力、そして彼の意志を体現する横井稚内ロマン系の基礎鳩群――名古屋の伝説的作出家・佐治芳裕氏が練り上げたヨーロッパCHの銘血であろう。かくにも覇道の道を歩んできた北陸の勝負師は、次なるチャレンジ――かの飴田光男氏(※北陸GN総合優勝5回を誇る元祖『稚内GN男』)に続く、新たな「稚内GN男」への第1歩を踏み出した。